教えて山田先生 短期集中『軍事講座』 拝見させていただきました。 致命的な間違いがいくつか散見されたので、お知らせします。 第一回より > 自衛隊が203機保有する戦闘機F15は航続距離が5,000kmあり、北朝鮮のどこにでも行って日本に帰ってくることができます。 行って帰るだけなら、確かに可能です。 しかし、この航続距離5000kmというのは、フェリー輸送の場合のものです。 これは、燃料を積めるだけ積んだ状態での飛行であり、機銃以外の各種兵装(爆弾など)は搭載されておらず、戦闘を行える状態での飛行ではありません。 > 手っ取り早くその能力を持とうとするならば、F15に対地攻撃用のミサイルを積むだけで済みます。 >北朝鮮が日本向けに配備しているノドンの射程は1,300km。 >これに対してF15の航続距離は前述のように5,000kmですから、日本から北朝鮮のミサイル基地まで2往復近くできるわけです。 いいえ、二つの理由により、不可能です。 第一の理由 対地攻撃用ミサイル(ASM)を運用するためには、専用の火器管制装置などの装備が必要になります。 F-15にはこれが搭載されていないため、新しくシステムを開発し、実際にF-15に搭載しての適合試験を行う必要があります。 さらに、それを製造し、一機ずつ改修しなければなりません。 それ以前にも、予算申請を行い、開発する会社を選定し…… と数年の時間が必要となり、とても「手っ取り早く搭載するだけで」では済みません。 例えば、最近、自衛隊F-15は、近代化改修作業を行っています。 その中に「AAM-4を搭載するための改修」という項目があります。 これに示すように、本来、運用が想定されていなかったミサイルを積むためには、改修が必要です。 この場合、最初の改修予定機が、三菱に引き渡されたのが2002年四月。 適合試験を行い、改修を終えた機体が、自衛隊に再納入されたのは、2003年10月でした。 この後、空自の飛行開発実験団で2005年度末まで「技術的追認」のための飛行試験を行いました。 このように、新しいミサイルの運用能力を獲得するには、時間が掛かるのです。 対地攻撃用ミサイルの火器管制装置の話ではありませんが、下の話も参考になると思います。 http://www.jda.go.jp/j/info/hyouka/14/jizen/youshi/08.pdf 電子機器の開発には時間が必要であり、一朝一夕に出来るものでないのです。 第二の理由 単純に航続距離が足りません。 上記のように、5000kmとは、機体を空輸する際の数値であり、ASMなどの攻撃兵装を施した場合、航続距離は大幅に低下すると考えられます。 例えば、Hi-Hi-Hi(注)制空戦闘の場合、戦闘行動半径は最大で955nm程度(1750km)とされます。 比較的軽量の装備で行う制空任務でフェリー航続距離(C型で3100nm)の、30%にしか過ぎません。 Lo-Lo-LoやHi-Lo-Hiが基本となる対地攻撃ミッションの場合だと、さらに航続距離は低下します。 例えば、F-2支援戦闘機のフェリー航続距離は4000kmとされていますが、ASMを四発抱えた対艦攻撃任務の場合、戦闘行動半径はHi-Lo-Hiで最大833kmとなり、フェリー航続距離の20%となります。 北朝鮮全土を戦闘行動半径に納めるには、爆装状態での1200km程度の戦闘行動半径を持つ航空機と、韓国の領空の通過権が必要となります。 どちらも、自衛隊は持っていません。 また、空中給油機が配備されれば、北朝鮮全土への攻撃は理論上は可能となりますが、軍事上は難しいと思います。 ミサイルサイトに対する爆撃を行う場合、普通、その直前に敵の防空網を無力化する必要があります。 具体的には、レーダーサイト、飛行場、地対空ミサイルを制圧するということです。 そのために爆装した攻撃機や援護戦闘機など、百機以上の航空機が必要となります。 自衛隊が納入を考えている、8〜12機程度の空中給油機では、百機以上の飛行機に、迅速に給油することができません。 従って、軍事上は難しいと考えられます。 (片道特攻でよいのなら攻撃は可能ですが…… それは問題外でしょう) また、自衛隊のF-15のパイロットは、対地攻撃のための訓練を受けていないはずです。 これを対地攻撃任務に投入するのは、タクシーの運転手をF1レースに出場させるようなものです。 (注) Hi-Hi-Hiとは、高高度飛行で進出、高高度で戦闘、高高度で帰還の意味です。 他にも、 Hi-Lo-Hi(高高度飛行で進出、低高度で戦闘(爆撃)、高高度で帰還) Lo-Lo-Lo(低高度飛行で進出、低高度で戦闘、低高度で帰還) などがあります。 主に、敵のレーダーや対空ミサイルを避けたい場合などに、低空(Low)を飛びます。 そういった心配がない場合は、高空(high)を飛びます。 普通、高空の方が燃費がよいので、より長い時間飛行できるからです。 第四回より > 確かにそうですが、ミサイルはいつ発射されるか分からないわけです。そうなると、いつ発射されてもいいように発射基地近海で飛行機を載せた空母を四六時中待機させておく必要が出てきます >(あるいは飛行機を空中給油しながら待機させておく)。 >  また、飛行機からのレーザー光線による攻撃というのは、原理は固定機関銃で撃つのと近いことなんです。 >つまり基本的に飛行機が向っている方向にしかレーザーを発射できない >(ある程度の射角の修正はできるかもしれないが)。 >となると、飛行機は車のように急にクルッと方向転換できませんから、ちょうどミサイルが発射された直後に飛行機がその手前にいないといけなくなります。 >しかし、そんなにタイミングよく飛行機を近くまで飛ばすことは無理でしょう。 とりあえず、あまりよくわかってらっしゃらないようなので、下のサイトを確認するとよいと思います。日本語では一番詳しいと思います。 http://www.f5.dion.ne.jp/~mirage/hypams01/al-1.html ちなみに、航空機を四六時中空中待機させておくのは、今日日珍しいことではありません。 日本でも早期警戒機などは、常時数機が空中にあって、領空侵犯や不明機の侵入に備えています。 また、冷戦期には「戦略パトロール」と称して、核弾頭を搭載したB52を常に滞空させておく、といったことも行われていました。 第四回 訂正より >  第3回目の講座で私は、日本の航空自衛隊のF−2支援戦闘機(戦闘爆撃機)は、アメリカのF−16をベースに開発されたものだが、 >9条のしばりもあって航続距離が2000キロの抑えられている、と説明しましたが、これは、F−2支援戦闘機ではなく、その前に開発されたF−1支援戦闘機の間違いでした。 F-1支援戦闘機のフェリー航続距離は、1400nm=2600km程度とされています。 (戦闘機年鑑2005〜2006 イカロス出版) (三菱T-2とF-1 航空ジャーナル社) http://military.sakura.ne.jp/aircraft/1_f-1.htm http://www15.tok2.com/home/lttom/military-powers_jasdf/sento/sentof-1.htm http://www.jda.go.jp/jasdf/refs/f1panph/shogen.htm などの資料より確認しました。訂正も間違っています。 ちなみに、F-1支援戦闘機は、旧式化したF-86セイバー(そのころは空対艦任務に使われていた)の代替として調達されました。 このF-86のフェリー航続距離が約2000kmとされています。 まさかとは思いますが、これと間違えたなんてことはないですよね? >2000年度から配備されているF−2支援戦闘機は、4000キロの航続距離を有しており、F−1の段階の航続距離の制約を大きく突破しています。 「航続距離の制約」など聞いたことがございませんが…… T-2やF-1支援戦闘機の開発計画の書類などを見ても、航続距離に制限を設けるという要求は見当たりません。 F-1もF-2も普通に設計して、あの航続距離になっただけではないですか? F-1の場合、同時期の似た用途の双発小型の攻撃機には、欧州のジャギュア、アメリカのF-5などがありますが、同じ任務に使用する場合なら、航続距離に大きな違いは見出せません。 なかなか統一したデータは得られませんが、いくつかで比べます。 機体と兵装状況 F-1 爆弾4000lb AAM二発 増槽1コ Lo-Lo-Hi  190nm F-5A 爆弾5200lb AAM二発 増槽なし Lo-Lo-Lo 120nm (F-5は、爆弾を減らして増槽を積めば、同等になると思われる) 機体と兵装状況 F-1 ASM二発 増槽1コ Hi-Lo-Hi 300nm ジャギュア 対地攻撃兵装 Lo-Lo-Lo 290nm このように、大きな違いは見出せません。 先生はどこで「航続距離の制約が設けられた」という話を聞いたのか、とても不思議に思います。 また、F-2の航続距離が伸びたのは、純粋に性能の向上を図ったのが理由です。 日本の支援戦闘機は、洋上での対艦攻撃任務を第一として、作られています。 F-1は『ASM二発を抱えて、Hi-Lo-Hi飛行で300nm進出しての対艦攻撃』という仕様 F-2は『ASM四発を抱えて、Hi-Lo-Hi飛行で450nm進出しての対艦攻撃』という仕様 で、それぞれ作られました。 この程度の性能向上は、次世代機を製作する場合、当たり前のことです。 >F−1支援戦闘機は現在でも配備されていますが、次第に退役中です。 その情報は古いものです。 2006年3月9日にF-1支援戦闘機は全機退役しました。 >日本の戦闘爆撃機は、憲法の制約上、大きな航続距離を持ち得ない、という原則が守られていると思いこんでおりましたが、 そのような原則は、防衛年鑑や手持ちの航空機の資料、防衛白書を探しても見当たりませんでした。 先生の思い込みではないでしょうか? >実態は、さらに憂慮すべき方向に進んでいたということです。 この程度の性能向上で、憂慮していたら、そのうち胃に穴が開いてしまいますよ。 戦術攻撃機を開発するに当たって、この程度の性能向上を狙わない場合があるとしたら、そっちの方が憂慮すべき事態だと思います。 防衛予算の無駄遣いだからです。 ちなみに F-86 から F-1に移行する際も、性能向上をはかっています。 F-1 から F-2に移行する際、どの程度の性能を狙うか、要求性能の検討を始めたのが1981年、要求性能がほぼ決まったのが1985〜87年とされています。 20年も前に決まったことを持ち出して、隠された新事実が見つかったかのように大げさに書かれても…… とりあえず、軽く読み流した時に目に付いた明らかな間違いは以上です。 (他にも『?』な記述がありましたが、確信がないので割愛します) 申し訳ありませんが、率直な感想を申し上げますと、山田先生は、軍事を他人に教えられるレベルには達していないと感じました。 特に、アマチュアレベルの人間に、簡単に間違いを見つけられるようでは、ダメだと思います。 私は工学部の大学生で、軍事のプロではありません。 根本的に専門外の分野なんですから、手を出すのは止めた方が良いのではないでしょうか? せっかく専門分野の研究で名声を得ているのに、こんなことで評価を下げてしまっては勿体無いです。 このメールを掲載する場合は、名前とメールアドレスは伏せてくださるようお願いします。